ウンコしてケツを拭いたら紙が破れて指にウンコが付いた、なんて経験は誰でも恐らく2,3回はあると思う。キムタクやGACKTにだってあると思う。過去にはなくても未来には充分起こり得るとも思う。しかし、人は普通、そんな失敗談をあまり語らない。なぜ語らないかというと、そんなことを自分からわざわざ言う必要などどこにもないからだ。そして、そんな汚い話は別に誰も聞きたくないからだ。話自体に需要も供給もない。誰も望んでいないのである。
漫☆画太郎の凄さは、このような誰も望んでいないであろう話を徹底して描き、あまりの下品さに最初は眉を顰めていた読者をも強引に笑わせてしまう力業にあると思う。これは並大抵のことではない。実際の内容は、冒頭に自分が紹介した例なんかよりも数段えげつない。ウンコ、おしっこ、おなら、ゲロといった小学校低学年レベルの下ネタに加えて、少年誌に連載していた時よりも読者の年齢層が上がった為か、セックスにまつわるエロネタも時折、投入される。唯一無二の狂ったタッチなので、エロネタも全く性的興奮を呼び起こさないが、逆に安心して大笑いできる。
漫☆画太郎の漫画を読んでいると、自分が信じている価値観を根底から揺るがされる感覚に陥ってしまう。人は誰しも程度の差はあれ「他人に良く思われたい」と考えながら生きている。モテたいと思う。だから格好付ける。背伸びする。勉強したり服装に気を使ったり知識を増やしたり、といった努力をする。ナルシシズムは全て、この「他人に良く思われたい」という原理に依るものだ。とりわけ、作家とかアーティストといった芸術を生業としている人はこの傾向が他の人に比べて強いように思う。それは悪いことではない。そのナルシシズムが原動力になって、結果的に面白い作品・他人に評価される作品を産み出せれば良いからだ。事実、それで成功している作家も沢山いる。ナルシシズムは自己愛と訳されるが、つきつめると他者に対する奉仕になるのではないだろうか。自分は正直嫌いだが、相田みつをとか西野ナントカ氏(名前は忘れた。プペルの人)などは単純なナルシシズムでもって多くのファンを獲得しているのではないだろうか。自分は恥ずかしくてあそこまで露骨にできない。揶揄するつもりは全くない。ある意味役者なのだろうと思う。
太宰治もナルシストだが、相田みつをとか西野ナントカ氏よりも少し捻くれている。太宰は「格好付けることは格好悪いから格好付けてない風を装っている格好付け」だ。同じように捻くれている人が沢山いるから、現代でも太宰は人気なわけだ。捻くれていて面倒くさいが、自分は何故か相田みつをよりも太宰の方に好感が持てる。
そして、漫☆画太郎である。漫☆画太郎の漫画には、ナルシシズムが全く見当たらない。ナルシシズムの欠片もない。「他人に格好良く思われたい」という思いが少しでもあれば、あの世界観は描けないだろう。「他人に格好良く思われたい」というのは作家個人の低俗な思いだ。その思いを全て放棄し、あそこまで低俗な作品を描く。読者の目なんか気にせず、自分の描きたいものを追求し、そして結果的に「漫☆画太郎って格好良いなぁ」と読者に思わしてしまう。とても贅沢な才能だ。
この『世にも奇妙な漫☆画太郎』はオムニバス形式なのだが、内容に殆ど触れていないので、自分の好きな話を一つ紹介する。
1巻に収録されている第5話「ブスジャック」という話が一番面白かった。バスの中で青年が女性を人質に取ってバスジャックをする。人質の女性は恐ろしく不細工だ。青年は女性にナイフを向けている。女性のポケットに入っていた携帯電話が鳴る。青年が出ると女性の彼氏からだった。青年は電話口の彼氏に向って「今からお前の彼女をぶっ殺す」と叫ぶ。すると彼氏は「他に好きな人ができたから、煮るなり焼くなり好きにしろ」と返す。彼氏の言葉を聞いてブチ切れた女性は携帯を床に叩きつけ破壊する。そして、青年のナイフを奪い取り、「失恋したから自殺する」と叫ぶ。まさかの展開に焦った青年は、「早まってはいけない。生きていれば、きっと新しい彼氏もできる」と説得するが、女性は「私みたいなブスに二度と彼氏は出来ない」と泣き叫ぶ。そんな女性に対して、青年は「だったら僕と付き合って」と告白する。青年は「実は僕も今日、彼女にフラれた。それでヤケになってバスジャックをした」と説明する。女性は青年の告白にOKする。カップルが成立する。車内で拍手が起こる。青年はバスの運転手に「ムラムラしてきたから最寄りのラブホテルの前で降ろして」と頼む。運転手は、かつて自分の女房と利用したラブホテルを紹介する。そのホテルで愛し合ったカップルは一生別れないというジンクスがあるらしい。そのおかげで、運転手と女房も30年間別れず連れ添ったらしい。運転手がそのホテルの前までバスを走らせると、ホテルの入り口で運転手の女房が、別の男といちゃついていた。ショックを受けた運転手は、そのまま妻と男をひき殺し、ホテルにバスが衝突し、バスが爆発して乗客も女性も青年も運転手も女房も男も全員死ぬ。と、いうお話。
あらすじを真面目に説明するだけで自己嫌悪になりそうだ。恐ろしいのは、ここに登場する犯人の青年と、運転手、乗客の顔、そしてバスの外観は全て同じ絵の使いまわし。あきらかに読者を舐めているけど、こんな手抜きが許されるのは、漫☆画太郎くらいだ。一方、ブサイクな女性の顔は、めちゃくちゃ描き込んでいるし、ものすごく好き嫌いが分かれるだろうが、この画力も素晴らしい。
以上