日々の読書日記

読書の忘備録です

127回目「脂肪の塊・テリエ館」(ギ・ド・モーパッサン:新潮文庫)

モーパッサンの中編2つが収録されている。『脂肪の塊』と『テリエ館』

有名な作品だが、初めて読んだ。『脂肪の塊』についてのみ述べる。いや、『テリエ館』も面白いのだが、『脂肪の塊』の方が印象が強いので。

「脂肪の塊」というのは、主人公である娼婦の綽名。フランス語で「ブール・ド・スイフ」というらしい。ルッキズム云々が言われている今の時代に於いて、かなり失礼な話ではあるが、それをそのまま日本語に訳して「脂肪の塊」とタイトルにするセンスは、なかなか良いのではないか。内容を知らずにタイトルだけ目にすると、どういう話なのだろうと興味を抱かせる。秀逸なタイトルだと思う。

「フランス文学」「古典」「娼婦」「戦争」といったキーワードから、ジメっとした薄暗い文学作品を予想していたが、それは間違っており、なかなかコメディ色の強い作品であった。とりわけ、場面構成と場面転換がはっきりしており、テンポもよく、スイスイと読める。

娼婦が初めて登場する場面も、なかなか意外なタイミングであり、少し驚かされた。

冒頭。疲れ果てたフランスの兵士たちが惰性で街中を行進するシーンから始まり、戦勝国に占領される敗戦国の実態を、皮肉とユーモアを交えて描写される。悲壮感は殆どなく、寧ろ、意外と戦勝国プロシア軍側が、フランス人たちと仲良くやっている描写など、妙なリアリティと微笑ましさがあった。

この最初のシーンで、敗残兵のフランス人か戦勝国側のプロシア人のどちらかが娼婦と関係を持つのだろうと予想していたら、そういうわけではなく、すぐに場面は馬車の中に移る。場面としては2番目のシーン。この馬車のシーンで、娼婦を含めた主要キャラクターが初登場する。ブルジョア夫婦3組・尼僧2人・活動家みたいた男1人・娼婦1人の計10人。ここで、ちょっとした食料争奪戦が描かれるのが中盤のハイライト。各人の思惑と性格、ブルジョアたちが無意識に持っている差別的思想の卑しさなどが、良い案配で描写され、見事。

次に、この10名が泊まる宿屋のシーンに移るのだが、ある事情の為に一行は足止めを喰らう。各々の立場における葛藤や駆け引きなども面白いのだが、ブルジョア夫婦たちの内面の醜さが、やや胸糞悪い。娼婦と活動家の精神的純潔との対比の為か、なかなかブルジョア夫婦がイヤーな奴らに描かれる。ここらあたりから、小説が「差別・偏見・搾取・階級」といったテーマに傾倒していく。コメディを基調としている為、ブルジョア達の内面の卑しさも滑稽に映るが、作者が痛烈にブルジョア批評しているのは分かるし共感できる。昔、倫理か道徳で習った「カルネアデスの板」とか「トロッコ問題」などが、やや形を変えて提出されているように思う。

ラストは、結局、娼婦だけが悲劇に終わり、小説の結末としては、現実を突きつける意味で正解なのかもしれないが、後味は良くない。