日々の読書日記

読書の忘備録です

114回目「パルタイ」(倉橋由美子:新潮文庫)

映画『関心領域』の感想を書こうと思ったが、やめる。すでに多くの人が、ブログや動画でこの映画の感想を述べ解説している。幾つか拝見したが、そのどれもが非常に得心のいくもので、今更自分如きが、このブログで言及しても意味がないと思ったからだ。

ただ、沢山の人に観て欲しい映画である。そして、観た人と語り合いたい映画である。自分は、映画館で2回観た。同じ映画を映画館で日を開けずに二度観るのは久しぶりの経験だった。「面白いから2回観た」という訳ではない。一回目の鑑賞で、不明な点が幾つかあり、普段ならスルーするのだが、この映画に関しては、不明なままにしておく事がどうにも心の居心地が悪く、数日後に2回目の鑑賞したのである。

感想を書かないと言ったが、一点だけ。映画はエンドロールまで観ずに帰るという人も、どうか、この映画はエンドロールまで観て頂きたい。エンドロールで流れる音楽がなかなか衝撃的だった。

多くの人が自身の映画解説で言っていることだが、つまるところ、『関心領域』という映画は、音の使い方が秀逸なのだ。エンドロールに限らず、ラスト数分を除く映画のほぼ全編に渡ってBGM的に何がしかの音が流れている。その音は、人間の不安を煽る重低音の合間に、時折、叫び声や銃声、列車が収容所に入る音などが混じり、「ああ、ここはあの場所のすぐ近くなのだ」といやが上にも気付かされる。

快晴の下で洗濯物を干したり、家族の誕生日を祝ったり、庭に美しい花が咲いていたり、映像だけ見ると、牧歌的で、ごくありふれた平凡な家庭の幸福な一コマのように見える(途中から、登場人物たちの会話や言動で、この家の異常性を気付かされる仕掛けはあるが)。美しい映像と不穏な音の対比が、ナチズムの、ひいては人間一般に共通する残虐性を、表現するのに成功している。怖い。

感想を書かないと言いながら、書いてしまった。

で、今回は倉橋由美子の『パルタイ』である。

表題作を含む5つの短編が収録されている。先に、映画『関心領域』は音の使い方が秀逸だと書いたが、倉橋由美子の小説は「匂い」の使い方が秀逸だ。「匂い」ではなく「臭い」と表記するほうが適切かもしれない。有機物である人間の肉体から発せられる臭い。活字から沸き立ってくるかのような臭いを、どの作品からも感じた。生理的嫌悪を覚えてしまうような臭いの表現が頻出する。自分の中では、サルトルの『水入らず』という短編を読んだ時に感じた「肉体の醜さ」と同じ種類の生理的嫌悪だ。

後は、もちろん個々の作品によって差はあるが、不条理性が強い。収録されている作品では、『パルタイ』『貝のなか』の二編は、物語として楽しむ事ができたが、残りの3作『非人』『蛇』『密告』については、読み手の理解を拒むように意図的に物語の整合性を崩している。当たり前のように男が妊娠したり、主人公が人間なのか人間以外の動物なのか判然としなかったり、カフカ的迷宮を味わえる。その不条理な世界な中で妙に「臭い」の表現だけが生々しく、現実感があり、常識が通用しない世界の中で、臭いの存在が際立っており、現実と非現実を混ぜ合わせたような混乱を読書中に何度も感じた。