ジム・ジャームッシュの映画は、どれもお洒落だ。セリフにユーモアがある。なにげないカットにもセンスを感じる。「ジム・ジャームッシュの映画が好き」と言うと、なんとなく映画通を気取ることができる。「センスがある人」と思われたいなら、好きな映画を聞かれた時には取りあえず『コーヒー&シガレッツ』くらい言っとけばよいだろう。ただ、どの映画もだいたい退屈だ。『デッドマン』とか『リミッツ・オブ・コントロール』など特に退屈だ。退屈なのだけど、お洒落でセンスがあるので結局最後まで観てしまう。自分のジャームッシュ映画に対する評価は、概ねそんな感じである。そんなに好きではないけれど、ちょっと気になる監督である。
で、今回も新作の『デッド・ドント・ダイ』を映画館で観たのだ。
普段、ジャームッシュの映画に感じる退屈さがこの映画には感じなかった。だいたい、ゾンビがうようよ街中を徘徊するような映画だから、退屈を感じる方が無理なのかもしれない。そして、お洒落な感じも相変わらず健在だった。ゾンビ映画なのでかなりグロテスクなシーンもあったが、グロの中にもクールさがあった。死体から切り取った生首をアダム・ドライバー扮する警察官が片手に持ちながら飄々と話す場面も、グロさや怖さよりもシュールな笑いの方が勝っていた。スプラッター的なグロさが苦手な人でも、意外と平気だろうと思う。
ジャームッシュの映画全般にあった退屈さが無くなり、お洒落感とユーモアはそのままの映画だ。ゾンビが街中を徘徊するという設定の特殊さが、ジャームッシュ持ち前のセンスに溶け合って、今までにないお洒落な感じになっている。映画ファンが嬉しがるような少しマニアックなネタも挿入されている。タランティーノがよくやるようなやつだ。
ここまで書くと、退屈でもなく、そこまでグロくもなく、センスもあり、ユーモアもあり、お洒落でもあり、映画好きのためのちょっとしたファンサービスもあり、ジャームッシュの最高傑作のように思われるかもしれないが、全く逆だ。
自分は全くこの映画を評価できなかった。自分が観たジャームッシュ映画の中ではワーストだ。先に設定が特殊だと書いた。すなわち「多数のゾンビが甦り街中を徘徊する。そのゾンビと警察が対決する」という設定が特殊なのだが、それは別にいい。設定がどれだけ荒唐無稽でも、その設定された世界の中で嘘が無ければ、観客は引き付けられる。言い換えれば、大きな嘘を付く時ほど、細部にはリアリティが必要なのだ。嘘を本当のように見せるために、話の根幹となる設定以外は、徹底的にリアリティを追求しないといけない。そして大嘘は一つだけで充分だ。大きな嘘が2つ以上になると、映画の世界に引き込まれない。『デッド・ドント・ダイ』は、「ゾンビが街中を徘徊する」という一つの大嘘(設定)だけでよかったのに、ラスト近くにUFOまで出してきた。ゾンビだけで満足なのにUFOを出されると、胃もたれがする。しかも、ゾンビとUFOはジャンル的にも全く別物だ。フレンチのフルコースを食べている途中に、急に中華が来たようなものだ。そしてUFOを登場させた理由も、登場人物の一人を無理矢理退場させるために思いつきで出しただけのような気がした。
さらに、ネタバレになるが、登場人物が「これは映画である」と悟っているセリフ、いわゆるメタ台詞まである。メタ台詞は三か所ある。一つ目は冒頭近くで、二人の警官がパトカーを運転中にラジオを付けるとオープニングロールで流れた音楽と同じ音楽が流れる。一人の警官が「なんか聞き覚えがある」と言うともう一人の警官が「テーマ曲だからさ」みたいな事を言う。これが一つ目。
二つ目はラスト近く。同じように一人の警官がパトカーの中でもう一人の警官に「なぜお前は結末を知っているのだ」などと聞き、聞かれたもう一人の方が「台本を読んだからだ」みたいな事を言う。これが二つ目。
もう一つ、アドリブがどうのこうのと言っていたがあまり覚えていない。
これらのメタ台詞を聞いた時に、一気に映画を観る気持ちが冷めてしまった。面白くもないし、正直滑っているように思えたのだ。
要するに映画を成立させる道具はゾンビだけでよかったのに、UFOとメタ台詞を追加したところが、この映画を評価できない大きな理由である。ぶっ飛んだ表現をするには、普通以上に規律を守らないといけない。じゃないと、何でもありになってしまう。「なんでもあり」と「ぶっ飛んだ表現」は似て非なるものだ。セオリーを大きく逸脱していようと、中心には必ず軸が必要なのである。
色々、貶したけれど個人的に好きなシーンもあった。最初にゾンビに殺された二人の人間の死体を、3人の警官が順番に確認しに行くシーン。同じことを別の人間が3回繰り返すのだが、内蔵を食いちぎられた死体が横たわるショッキングな映像に、長閑なカントリー調の音楽が流れている。このシーンがとても良い。とてもシュールだ。そして、きっちり3回繰り返すのが、またとても良い。こういうところが、ジャームッシュのセンスの良さだなぁと改めて思った。
以上