日々の読書日記

読書の忘備録です

86回目「激突!」(スティーブン・スピルバーグ監督)

一台の赤い乗用車がアメリカの田舎道を走っている。片道一車線である。運転手は普通の中年男性。カーラジオを聞きながら、たまに車内で独り言を呟いている。後方にチラチラと大型タンクローリーが見えるが、別に気にならない。よくある光景である。途中、中年男性は給油のためガソリンスタンドに立ち寄る。少し後に、先のタンクローリーもガソリンスタンドに入る。男の給油が中々終わらないのに業を煮やしたのか、タンクローリーが、クラクションを鳴らす。ここら辺から、少し不穏な空気が漂い始める。

給油が終わり、家路に向う中年男性。ここから本格的にタンクローリーの執拗な嫌がらせが始まる。嫌がらせとは、すなわち「煽り運転」である。終始一貫して、タンクローリーが乗用車を煽る行為が描かれる。映画の9割が、タンクローリーによる煽り運転のシーンである。煽り運転の極致といっていい。シンプルこの上ない映画である。しかし、全く退屈させない。90分間、常にハラハラドキドキさせられる。あの手この手を使って、タンクローリーは乗用車を煽るのである。「激突!」というタイトル通り、派手なカーチェイスもある。もちろん、車同士の派手な衝突や爆発も面白いが、それよりも心理面での追い込み方が面白い。乗用車を運転する中年男性が、徐々に神経を消耗していく様がリアルだった。

ひょっとしたら「タンクローリー」は存在せず、中年男性の内なる不安やストレスがもたらした幻想なのではないか、とか、「タンクローリー」とは現代人が抱える不安のメタファーではないだろうか、なんて文学的な深読みもしたが、中年男性以外の登場人物も「タンクローリー」を認知しているため、やはり「タンクローリー」は純粋かつ物理的に存在し、中年男性を攻撃しているのである。しかも、何故かくも執拗にタンクローリーが乗用車を煽るのか、その理由が一切描かれないのも恐い。動機のない純粋な悪意でもって物理的に人を攻撃する。もっとも関わりたくないタイプの悪意である。さらに、タンクローリーを運転するドライバーの顔が一切見えないのも恐い。この演出によって、タンクローリー自体が明確な悪意を持ったモンスターのように見えるのである。

これは、スピルバーグの初期の作品である。シンプルな設定で映画を面白くする要素が、凝縮されているように思う。皆さんも、車を運転するならドライブレコーダーは付けた方がいいですよ。