日々の読書日記

読書の忘備録です

78回目「ダージリン急行」(ウェス・アンダーソン監督)

ウェス・アンダーソン監督の映画を最初から最後までちゃんと観たのは、この『ダージリン急行』が初めてだ。過去に『グランド・ブダペスト・ホテル』と『ムーンライズ・キングダム』を途中まで観てやめてしまった。なんとなく映画のテンションについていけなかったのだ。独得で個性的な世界観を持った監督だと思ったが、自分には合わなかった。『ダージリン急行』も、やはり自分には合わなかった。最後まで観るのが苦痛だった。90分程の映画だが、時間以上に長く感じた。特に後半の3兄弟の列車を降りてからの展開が異様に長く感じた。

それでも、なんとか最後まで観た。苦痛を感じたけれど、「面白くない」とは思わなかった。こういう感覚も珍しい。「まぁ面白いんだけどなぁ…」の「…」の後に続く感想が出てこない感じだ。

長らく疎遠だった3兄弟が、関係を修復するために一緒にダージリン急行に乗ってインドを旅する話。3兄弟は皆、それぞれの事情を抱えているのだが、その事情がどうにも薄口で観る者に訴えかけてこない。その事情とは、例えば、出産間近の妻と離婚したがっているとか、別れた恋人を忘れられないとか、交通事故に遭い顔に包帯を巻いているとか、そういう類の事情で、その後の展開に深く関わるわけでもない。会話の中の簡易な台詞一言で説明されて終わるだけである。別に深刻な事情が見たい訳ではないが、もう少し奥行きを持たせた方がよかったのではないか。或いは、深刻さとは無縁の「軽さ」を意図していたのだろうか。だとしたら、もっと「軽さ」を徹底的に追及して欲しいと思った。観た限りでは、さして深刻でもないネタを並べ立てて空回りしている印象しか残らなかった。ヒマラヤで尼僧になった母親というのも、どこまでがギャグなのかよく分からなかった。川で溺れた少年が死に、その家族の葬儀に招待されるという展開もあまり必要性が感じられなかった。全体的にとてもスムーズに話が進むのに爽快感を感じないのは、そもそも挿入される物語が平板に過ぎ、観る必要のないものを観させられている感じがしたからだ。その平板な物語にもう少し監督の拘りがあれば、印象も大きく変わったかもしれない。一つひとつの画面作りはとても上手くセンスがあるのだが、この拘りの無さが勿体ないと思った。例えば降り立った街で靴磨きの少年に靴を片方盗まれるシーンも、インドの露天商の実態を知っていれば、あり得ないシーンである。商売道具を置いたまま片方の靴を盗んで逃げるなんて愚挙をするはずがない。こういう部分にもっと拘りを持って撮って欲しいと思ったのだ。

画面作りが上手くセンスがあると書いた。これは、過去に途中で観るのをやめた『グランド・ブダペスト・ホテル』と『ムーンライズ・キングダム』も同様だ。途中で観るのをやめたが、映像美の印象だけは今でも覚えている。特に、この『ダージリン急行』は、ウェス・アンダーソン独得の色彩にインドの街の猥雑さと混沌さがとてもよく合っている。そういうのもあって、最後まで観れたのだと思う。